自分の事

『僕の事』を話すには小さい時から書いた方が僕を理解して頂き易いと思いますので、小さい時からの事を書きます。

小学生の時から、今も似 た様な所があるんだけど、自分は一対一で友達と遊ぶ事が多かったんだ。

僕ともう一人の友達はたまに変わったりしていたけどね(そういう友達が三人位い た)。

でも、その三人がみんな、僕が小学生の時に転校してしまったんだ。

僕は、そういう特定の人とは仲が凄く良かったけれど、他の人とはそこまで仲良くし ていなかったから、その友達達が転校してからは、あまり友達とうまく馴染めなかったんだ。

自分は変に気の弱い所もあったから、いじめられたりもしたしね…

中学校の時は、自分はバレー部に入っていたんだ。

中学一年の時、自分はあるあだ名で呼ばれていたんだ。

今の自分だったら、うまく流せていたんだろうけど、あ の時の自分は幼くてそれが出来なく、そして凄くそのあだ名が気になっていたんだ。

中学校の時は先生と生徒の間で交換日記と呼べる程のモノではないけれど、 2・3行、今日あった事を書く欄があったんだ。

そこに紙で継ぎ足して、僕はあだ名で呼ばれている事で悩んでいる事を書いたんだ。次の日、その人達(友達 だったんだけどね…)が先生から呼び出されて、何か言われていたんだ。

でも、それが先生に告げ口をしたという感じになり、一年の間は、ずっと無視されたん だ。

自分にも否があったから仕方ないと言われれば仕方無いんだけどね…

バレー部にその内の二人が所属していて、バレー部の人数が9人で、以前まではトスの練習の時はいつもその仲の良いクラスの人と三人でトスの練習をしていた んだけど、それが原因で自分はノケ者にされてしまい、一年の間はあまり部活の練習には顔を出さなかったんだ。

それで、自分はレギュラーになれた可能性も高 かったんだけど、練習にあまり来ないからレギュラーから外されてしまったんだ。それも仕方ないんだけどさ…

二年の時はその人達と和解したんだけどさ…

二年の夏休み自分はトスがうまかったのかなんなのかは知らないけど、第二のセッターになったんだ。でも、二年の二学期、前の学校でセッターをしていた人が 転校して来たんだ。

だから、僕は第三のセッターのような形になってしまったんだ。セッターは絶対にしたくないポジションだったから別にいいんだけどね…

あと、その頃も自分は友達を作るのが下手くそで、チョット悪ガキっぽい人しか友達になってもらえそうな人がいなくて、パシリみたいな感じにもさせられたし、 その友達とゲーセンに行った時、先生に見付かって部活に迷惑かけるはで最悪だった。

それに、たまたま部活の帰りにジュースを買っている所を先生に見付かってまたしても部活に迷惑をかけてしまい、僕はマネージャーをやらされたんだ。

ボールも触れなかったし、辛かった…

だから、ある程度してから行かなくなったんだけどね…

三年の時、試合に出してやるから来ないかって、先生に言われたけど行かなかった。

三年は三年で自分は男の人が好きなせいか、女っぽい所があって散々、けなされたりしたんだ。

いじめられたりもしたしね…

だから、自分は、高校からは生まれ変わりたかったから、近くて同じ中学校の人があまり選んでいない高校を選んだんだ。

高校は、一年の始めだけはうまくいっていたんだけど、同じ中学の人が僕の事をホモだと他の人に言ったりして、それから友達関係がぎくしゃくし始めたんだ。

一年の時のクラスにいじめが趣味みたいな奴がいて、そいつ(次からJと呼ぶ)が同じ中学の奴(次からT2と呼ぶ)をいじめていて、僕はT2の話し相手になっ たりしてあげたりしたんだ。

ある時から、やたらSという奴が僕に近付き仲良くしてきた。Sは僕にお金を貸してとしつこく言ってきた。

その時、僕はバイトをしていたので、少しはお金があった。しつこく家の近くまで来るから2・3回お金を貸したんだ。

ある時、Sが僕がG-SHOCKを壊したと言って来て、お金 をチャラにしようとしてきたんだ。壊れたのも見てなく、壊れて修理に出したのだそう…

そんないちゃもんをつけてきて、僕は相手の家に請求に行ったんだ。

そしたら、Sはいなかったから、親に言ってお金を返して貰った。

そいつはいじめっ子のT と仲が良く、Sを敵に回せばTも敵に回す事になるという事は分かっていたんだけど、僕はまがった事が嫌で、Tがいじめて来たら学校をやめるつもりだったんだ。

案の定、次の日Tがいろいろ言ってきた。それから、何日か後、僕は親に学校をやめたいと訴えた。でも、親は認めてくれなかった…

僕の通ってい た高校は特殊なクラス編成で、一年の時は、商業科と工業科が同じクラスで、二年から商業科と工業科が別々のクラス編成になるんだ。

僕は商業科でいじめる人 の多数は工業科な人だったんだ。

だから、お母さんはこの一年は我慢してと言うから、散々悩んだ末学校に行く決意をしたんだ。

Tという奴からすれ ば、一人を集団でいじめたら気が済むらしく、以前いじめていたT2をとりこもうとしたんだ。T2は見事に僕を裏切りいじめる側に回ったんだ。

仲のいい人に は最終的には裏切られてしまったしね…

僕が一番左の前の席の事があって、殆んどの男子は右の後ろでご飯を食べるんだよね…

あれは結構辛かった…

でも、僕には、これから先も学校に行くという選択をしたから、いじめられっ子のままじゃあ駄目だったんだ。

僕は、五組だったんだけど、一組に同じ中学校 だった奴がいて、そいつが商業科だから、二年になった時に高確率で同じクラスになるから、僕がいじめられているのをみられては、もし二年の時一緒のクラス になった場合友達になれないから、自分は自分なりに工夫した。

12時25分に四限が終ってから五分で弁当を食べ終えて伏せて、その人に気付かれないように したり、雑誌を買ってきたりして、読んで何とか間を持たせたり…

あと、クラスの商業科の人対策に、そいつらが何かチョッカイを出してきても、反抗 したりした。ただ黙っていじめられてちゃ、二年の時同じクラスになっても仲良くして貰えない可能性が高かったしね…

その努力のおかげで二年では、友達関係で疲れながらも何とかやった。

でも、三年の時、あまりにも自分と合わない人ばかりで、それに自分は合わせるのが辛かった…

朝、教室に入る時『このクラスで一日またやっていかないといけないのか』と、いつも朝から憂鬱だった。学校から帰っても疲れて毎日寝る状態。

バイトどころじゃなかった… それに耐えきれず、一学期で高校をやめたんだ。

自分は三年になってからなりたい職業が見付かってでもそれは大学に行かなくてはいけなくて、でも大学に行く予定がなかったから、推薦取れる程の学力もなく、私立なら推薦取れるけど、うちには私立に行かせるようなお金もなかったしね…

悪 化してしまい、それが気になって外に出れなくなってしまったんだ… 前から病院や、他の治療法を試したけど、大した効果は上がらず、自宅で治していてもラチがあかないし、自分の人生がこのままじゃあ、駄目になる気がして、 借金をしてでも治そうと決意したんだ。

働けば、借金してでも返せるしね… でも、そこがインチキなのかは今でも定かではないけど、直るって言ったのに、完全に治すには後もう少しお金が要るとの事。

治したいけど、それ以上借金は無理なので、あとは仕方ないから自分で治す事にした…

そこに半年位通って計一年少しはほぼ無収入でいたから、借金が最大で150万位になった。

これでは、大学どころではない。お金を返す為に、殆んど遊ばずに 頑張ってきた。お金は一度は全部返した。でも、今度は親もお金がないから、お父さんが車が壊れて、父親はブラックで、お金を貸してくれる所もないから、僕 が仕方ないから借りて貸した…

お母さんにもいくらか貸した…

最近、お父さんが休職中で収入も少なく、車のお金の支払いも何ヶ月も滞っているし、お父さんとお母さんの携帯名義が僕でそのお金も何ヶ月も滞っている…

お母さんの方の支払いもお父さんが休職中の為、滞っている…

8月にはお父さんが生活費がなくて、たまに僕から借りて、僕がきつく言うのが嫌なのか、路上の看板の『お金貸します』の様な所からお金を借りていて、利息 が五万借りて二週間で五千円もつくらしく、そこから借りたら破滅だから、なけなしのお金だから、どうせ来年は大学は無理そうだし、バイトしてお金貯めて、 大検を取るって無理矢理我を通したんだ。

それで、バイトをしていたんだけど、病気になってしまい、働く事が出来なくなってしまい、自宅で治してい た時に、携帯を買ってしまい、治療費や携帯代や生活費(半年位)がかさみ、折角貯めていたお金もなくなってしまったんだ… それにストレスとかで前々から、自分にはコンプレックスが合ったんだけど、それがを貸したのに、結局金融会社には返済してなく、それにはさすがの僕もキレた…

それで仕方なくまた、返す為に五万の一部を貸したり、もう自分は何の為に生きているのか分からなくなってくるよ…したい事も殆んど出来ないし…

自 分は、何年か前 何度も自分は生きていても幸せになれないから死にたいと思った事がある。でも、その時「死ぬのはいつでも出きる。

自分が精一杯努力してそれでも幸せになれ ないと思った時は、その時は迷わず死のう」って言い聞かせて少し前まで生きてきた。

でも、自分なりには頑張ってきたつもりだったんだけど、こんな感じで… やっぱり自分は幸せになれないって最近改めて実感してしまったんだ…

努力が足りなかったのかな…

こんな自分ですが、前までは「」の中の事をくじけそうになった時は言い聞かせ何とかやってこれたのですが、何ヶ月か前の度重なる事ですっかり頑張る気力をなくしてしまいました。

こんな自分だけど、自分の事を分かってあげたいと思ってくれる人や、こんな自分の支えになってあげたいと思ってくれる人と出会いたい…(2004年2月記)